ころころ、ぺたぺた、手の中で、じんわりと。
「ちゃ〜ん、何作ってるの〜」
「あ、芭蕉さん」
「ふんふん…この匂いは…あむぁ〜いものだね!?」
ほっぺを赤くした芭蕉さんが、台所に立つわたしのところにひょこっと現れた。
そのほっぺの赤いのは、また曽良さんにぶたれたか、どこかにぶつけたか、
どっちかなと思ったけど、聞くとどちらにせよ拗ねてしまうのでやめた。
「どれどれ〜」
甘いものと分かっただけで嬉しそうな芭蕉さんが、
わたしが手の中でころころと転がしているものを覗き込む。
それを確認した瞬間、彼の顔はさらにぱあっと明るくなった。
「…わあああ、おはぎ!」
「そうなんです。芭蕉さん好きですよね?」
「ウッホホーイ!」
「あ、よかったらお味見しますか?」
「ウッホホーイ!!」
踊るように跳ねる芭蕉さんを私はかわいいなあと思うけど、
この場に曽良さんがいたらまた彼の傷が増えてるんだろうなあ。
「あむぁ〜い、あむぁ〜い」
「おいしいですか?」
「うん!」
にこにこ笑う芭蕉さんにつられて、私もふふっと笑ってしまった。
お買い物に行った曽良さんが帰ってくるまであと少し。
食べるのは芭蕉さんと曽良さんと私だけだから、
もう2、3個作ったら切り上げようっと。
ころころ。
ぺたぺた。
まぜまぜ。
「………」
「…?」
不思議だと思った。
芭蕉さんが、おはぎを作る私を(そう、私の手じゃなくて、わたし自身を)
じいっと、何を言うでもなく見つめていたから。
それは早く作れっていう暗黙の脅迫めいたものではなくって、
むしろ私をまわりの空間ごと包むようなやさしい視線だったから、
私は何だか居ごこちがよくって、いつまででも見てもらってかまわなかった。
(…2個くらいでおしまいにするはずだったのに、)
これじゃあ、手を動かすのをとめられない。
「…ちゃん」
「なんでしょう、か?」
「じょうずに作るねえ」
芭蕉さんが私の顔を見てそんな風に嬉しそうに笑えば、
じんわりとあったかくなった心が、手の中の甘さにも伝わってしまいそう。
ああ、もうぜんぶぜんぶ、あなたがそんな風に笑うからです。
「ただ今帰りまし、た……」
「あ、おかえりー曽良くん」
「おかえりなさい!」
「はあ…あの、その机のものは…」
「おはぎです!曽良さんが帰ってくるまで待ってました」
「んも〜、曽良くんたらのんびり屋さんなんだからあ!」
買い物から帰宅した彼は、ご機嫌な師匠を容赦なくはたいてから
机の上のそれをじっと見つめると、無表情に困惑の色を表した。
「…いや…はい、その…さん」
「はい?」
「僕、甘いものは好きですし、さんの料理も大好きです」
「えへへ」
「ですが」
曽良さんは、はあ、と小さなため息をついて。
「いくらなんでもその量は、いかがなものかと思うのですが」
「……えへ」
「えへ、じゃありません」
お皿の上に倒れそうなほど高く積まれたおはぎを指さして、
彼は私の頭を軽くはたいた。
包み込む
(柔らかい視線に包まれた空間)