「ねえ、お願い!聞いてきて!」
「嫌だよ、何で私が」
「しかいないの!」
そう言った親友に、私は隠さずため息をついてみせた。
ちら、とこのお願いの原因である彼を見たあと、もう一度目の前の彼女に視線を向ける。
「…だって私、別に河合くんと仲良くないよ」
「べつに本人に聞かなくたっていいの」
「じゃあ誰に聞くの」
「いつも仲良くしてる3人がいるじゃん」
「小野くんたちのこと?」
「そう!」
確かに小野くんを筆頭に、あの3人とはそこそこ仲良しだとは思うけど。
河合くんは私が混じると、話に参加してくれない。(きらわれてるのかもしれない)
「でもさあ…」
「ねえお願い、…ほんとに、必死なの!私!」
「………」
(うう〜…)
「……本人には聞けないからね」
「ありがとう!」
頑張ってねと手を振る親友を背に、私はまず小野くんの席に向かう。
だって親友にあんな顔されちゃあ、断れるわけないよ。
(うわ。4人集合してるよ)
何やら楽しそうに騒いでいる4人を少し遠くから見つめていると、
小野くんがこちらに気づいて口パクで"なあに"と言った。
私はこっそりと手招きをして、口パクで"こっちに来て"と伝える。
「?どうしたの?」
「あのね小野くん、…ちょっと耳かして」
「?」
私はちょっとだけ背伸びをして、小野くんの耳元で授かった伝言をささやいた。
(ごにょごにょ)
「…あー…うん、いる。いるよ」
「ほんとに?」
「うん」
「誰かって、言える?」
じっと小野くんの目を見る。見つめる。
「…ナイショだよ」
「えー!」
「当たり前だろ」
「お願い、ねえ、最初の一文字でもいいからっ」
「いや、内緒だから…」
「フライングアタックするよ?」
「そんな技どこで覚えてきたんだよ!」
「太子」
「………」
小野くんはくるりと踵を返すと、「に変なことを教えるなこのカレー臭が」とか言いながら、太子の頭をはたいていた。
…ナイショ、っていうのはしょうがない話だけど、いるってわかったんなら、ここで引き下がるわけには行かない。
3人居たら1人くらいは教えてくれるかもしれない、そう思いながらまた隙を伺っていると、今度は太子が私に気づいてくれた。
私はまた、こっそりと手招きをする。
「どうしたんだ、フライング学級委員長アタックならこの間教えたばかりだぞ」
「ううん、そうじゃなくって。あのね太子、ちょっと耳をかしてほしいんだ」
「え、内緒話?聞かせろ聞かせろウフフ」
私はさっきよりもうちょっと背伸びをして、またさっきと同じことを伝えた。
(ごにょごにょ)
「…ああ。……うん、いるよ」
「ほんと?ってまあ、知ってるんだけど」
「うん、って、ええ?」
「だれかな」
「えーーーーと…」
じっと太子の目を見る。見つめる。
「…ナイショだよ」
「……やっぱり?」
「そ、そんな上目で見たってダメだ!学級委員長だって命は惜しいんだ!」
太子は泣きそうになりながら輪の中に戻っていった。うーん、太子でもだめかあ。
わたしは最後の頼みと言わんばかりに睨むように竹中さんを見つめた。
彼はすぐに気が付いて、私が手招きをする前にこっちに来てくれる。
「なに、さっきから何してるんだい、は」
「あのね、…ちょっと、知りたいことが」
「なになに」
私は思い切り背伸びをして、3度目の台詞をささやいた。
(ごにょごにょ)
「…あー。うん、い」
「それはもう知ってるの」
「ああ、そう」
「それで…誰なのかな、それって」
じっと、なぜかいつも後頭部が不自然に濡れている竹中さんの目を見る。見つめる。お願い、教えて!
「……まあ、ナイショだな」
「…やっぱりかぁ…」
「………でも」
竹中さんはちょっと考えてから、彼の方を見た。
「?」
「…そんなに気になるんなら…」
「え」
竹中くんは輪の中から一番背の高い人を引っ張ってきて(嫌そう)、私の方によこした。
だいぶん上の方にある顔を見上げる。
あの子がこの人を好きになった理由が、ちょっとわかった気がした。
「……えと…河合くん」
「…はい」
いつだって敬語。いつだって、こんな風に無表情なこの人。
…正直、私だって少し気になるんだ。彼のひみつ。
「その…ちょっとお尋ねしてもいいかな」
「え?ああ…はい。どうぞ」
そう言ってから、思い切り背伸びをした。河合くんが少しだけ屈んでくれる。
私はやっと届いた彼の耳に、そっと耳打ちをした。
"河合くんの、好きな人って、だれ?"
「……どうしてですか?」
「あ、その…友達が聞いてほしい、って」
私が言うと河合くんは(見間違いかもしれないけれど)、少しだけ眉を寄せた。…ような気がした。
それからゆっくりと周りを見渡したかと思うと、
静かに深呼吸をしてから私を見つめなおして。
「さん、…ちょっと耳」
「あ…うん」
河合くんは大きく屈んで、私は少しだけ背伸びをして、髪の毛を耳にかけた。
(ごにょごにょ ごにょごにょ)
「……………え!!」
「……それだけです」
河合くんは耳を真っ赤にしながら、輪の中に戻っていってしまった。
私はただ呆然としながら暫くその輪を見つめていたけど、トントンと肩を叩かれてハッと振り返る。
「、河合くんと喋った?」
「あ…、うん」
「やっぱり!ね、何て?」
さっき河合くんに耳打ちされた言葉が、頭の中をぐるぐると駆け巡る。
しつこく聞いてくる親友に、きっと真っ赤な私はこう言うしかなかった。
ナイショだよ
(ごにょごにょ、ごにょごにょ)