「あ、犬だよ!」
「ほんとですね」
日直でたまたま帰る時間が被ってしまった河合君と帰り道を歩いていたら、
草陰からまっ白のわんこが飛び出してきて、私は足を止めた。
…正直、日直で当番が被りでもしない限り絶対に話す事なんてなかった彼との、
何とも言えない沈黙をどうにかしたかったから、と言う気持ちも、ほんの少しだけあったりする。
そうでなくても、懐っこいなあ。目の前のわんこは、ぴょんぴょん跳ねて飛びついてくる。
「河合くんみてみて?白いね」
「見ればわかりますよ」
「……そっか」
…そのくらい、私だって分かるよ。
(こっちは何とか会話しようって、必死なんだけどなあ)
この河合君と言う人は、学校内にファンクラブが数個ある位に、格好いい男の子。
なんだけど、なぜか常に敬語、しかも無愛想、女の子と楽しく会話してるとこなんて、一回も見たことがない。
そんなわけで、いつだってお喋りしていたいような私にとって、彼は最も苦手とする人種だったりする。
だけどそれは、私だけじゃない。ファンクラブの女の子達だって、河合君に話しかけるって言うよりは、
遠くから眺めてきゃあきゃあ言ったり、写真を撮ったり(盗撮?)、
こっそり手紙を書いたりする位みたいだし…
格好いいけど、怖そう。
それが、私を含めた他多数の、河合君への印象だった。
背後に何となく威圧感を感じつつも、私はその場にしゃがみ込んで、
真っ白な可愛い子犬を両手にじゃれ付かせてみる。
この子、野良にしては綺麗だし、人懐っこいし、きっと散歩中にうっかり離れちゃったんだろうな。
「いい子だね。ご主人さまは?…お散歩してたの?」
「……」
「そっかそっか、…あはは、くすぐったいよ」
そんな風にしていたら、河合君が引いていた自転車を置いて、私のすぐ隣にしゃがんだ。
なぜだか分からないけど肩がびくっと揺れてしまう。…彼のこと、怖い、って思っている、証拠かもしれない。
「貸してください」
「え?…あ、う、うん」
河合君の口から出てきた言葉が何となく予想外で、少し高い声で返事をしてしまったような気がする。
それでも彼は全く気にしていないような様子で、白い子犬を抱き上げて、笑った。………!
「可愛いですね」
河合君が優しい目をして、言った。
「…………、」
「…さん?」
「………え、あっ、え?な、なにっ?」
「何ですか、その目」
怪訝そうな視線で河合くんがこっちを見ているけど、
…だって、だってだって、あまりにも意外で。
「…いや、その……河合君でも、可愛い、とか思うんだな〜…って」
「なんですかそれ。馬鹿にしてますか」
「そうじゃなくって!意外だなって」
「…そうですか?」
「うん。それに私、…河合君が笑ったところも、初めて見たよ」
「そうですか」
河合君は子犬を抱きながら、じっとこっちを見つめている。
…クラスの子たちが河合くんに黄色い声をあげる理由、わかったかもしれない。
「……河合君ってさ」
「はい」
「やっぱりかっこいいね」
「…はい?」
河合君が、また怪訝そうな顔で私を見る。ほら、またそんな顔するから、怖いって思われちゃうんだよ。
だってほんとはきっと、みんなが思ってるより、ずっとずっと優しいのかもしれないのに。
さっきの笑顔を見た私は、何となくそれが残念に思えてしまった。
「でも、さっきみたいに笑ったほうが、私は好きだな」
「………顔が赤くなりましたもんね」
「え?」
「さんが」
「え!」
嘘、って言いながら頬を押さえたら、河合君がまた少しだけ笑う。…また笑った!
「…声に出てますよ」
「え、あ、ご、ごめん!」
「………さん」
河合くんは白い犬を下に下ろすと、私の顔をじっと見た。
………?
「河合くん?どうし…」
「かわいい」
「!!!」
ぼっと顔が熱くなる。
そりゃあもう、さっきの顔の熱なんて、比にならないくらいに。
「…真っ赤ですね」
「だっ…だ、だって、か、河合君が!」
彼はふ、と鼻にかかった笑いを漏らすと、すっと立ち上がる。
と同時に、遠くの方に飼い主らしき人を見つけたらしい白い子犬も、ぴゅうとそっちへ走って行ってしまった。
だけど残された私のほっぺたは、きっと真っ赤。
「じゃあこれからはもう少し、笑ってみることにします」
「じゃあ、って…」
「照れてるさんが、可愛い、からですよ?」
そう言って河合君が、また笑う。
「………もっ、もう知らない!」
私は前を向いて、早歩きでずんずん歩き出した。
すぐ後ろで、河合君が自転車を動かす音。
そのギギィ、という古い音にさえ、ドキリとしてしまいそうで。
さっきまで側にいた白とは裏腹に、いつのまにか空は茜色。
太陽が一日の最後のかがやきを放つ。
赤くなる景色に、近づいてくる自転車の音に、すこしだけ目を細めた。
ニセモノみたいに茜色
(だけどきっとこの気持ちは偽者なんかじゃなくて)