あ、






看板娘らしき女性に引きずられるようにして入った、小さな土産物屋。
適当にぶらついて出て行けば満足するだろうと店内を回っていたのだけど、
思わず口に出してしまった一言で、彼女はまた僕に引っ付いてきた。

「あっ、それ!かわいいでしょう、今人気なんですよお」
「そうですか」

売り子の高い声に言われずとも、僕はその丸い飾りのついた簪を手に取って見つめていた。
最近肩の辺りまで伸びてきた、彼女の綺麗な黒髪を思い出す。
きっと此があれば、ぱたぱたと動き回る事が多い彼女の仕事も、少し楽になるだろうと思ったのだ。

(…赤が無いな)

しかし此処にあるのは、青い色の簪のみのようだ。
赤が好きだと言う彼女には、赤い簪を付けてあげたい、なんて、僕の様な人間が口に出せばさぞ貴女は驚くだろう。
だから僕は「彼女の髪が伸びてきた」と言う事実を、上手く自分の思惑に利用するわけだった。
もしも本当にそうなら色など如何でも良い筈なのだけれど、
自分と言う人間は、どうしても、素直ではないらしい。

「此の、赤は」
「あ、ありますよ!今出してきますね」

そう言って、売り子の女性は店の奥に消える。僕は手に持っていた青い簪を戻した。
だってきっと貴女には、赤が似合うから。

「はい、これです」
「どうもありがとうございます」
「半刻前まで売り切れだったんですけどね、ついさっき追加が届いたんです」
「そうですか」

冷静を装ってはみたものの、自分らしくない、少し運命じみたものをこの簪に感じてしまう。
貴女にこの簪に添えて贈る一言を考えながら、僕は少しだけ、早足になった。







「こんにちは」

ガラ、と痛んだ戸を開ける。
芭蕉さんの家だが、無論、芭蕉さんに会いに来たわけではない。

「あ、曽良さん!」
さん、お邪魔します」
「いえいえそんな、私のうちじゃありませんから」

何時ものように屈託無く微笑む彼女を見て、思わず頬が緩みかける。
しかし僕は彼女の髪を留めてあるそれを見てしまって、思わず目を細めて、羽織の中、
今まさに其処から取り出そうとしていた包装紙を、クシャリと握った。



さん、それ」
「えっ?あ、あ、これは…その」

頬を少し染めて照れながら、彼女は髪の毛を留めてあるかんざしを触った。
青い簪。僕はその色をその形を、よく知っている。



「芭蕉さん、ですか」
「…そうなんです、芭蕉さん、先ほどまで町に行ってらして」
「きれいですね」
「赤が売り切れてたみたいで、申し訳なさそうにしてたんですけど…」
「そうですか…残念でしたね」
「はい…でも、…うれしいです、とっても」



たった一言、似合っています、と言えなかった僕は、きっと酷く意地が悪いのだろう。
だって、貴女のその赤く染まった頬と黒く美しい髪には、
やっぱり赤の方が似合うと思うんだ、そんな青より、僕が持っている赤の方が、と。



ただ僕の持っている赤が幾ら美しかろうと、どんなに彼女に似合っていようと、
それだけでは彼女のこの笑顔を引き出せない事も、それと同時に思い知らされるのだ。






僕はいつも通りの平静を装ったまま、羽織の中の簪を更に強く握り締めた。
















(貴女に言うはずだった一言はもう、忘れてしまった)